斜陽:日本はなぜダンスミュージック技術で遅れをとったのか
Original Article
Title: Setting Sun: How Japan Fell Behind In Dance Music Technology )
Author: Adam Douglas
Published: 22nd September, 2025
Source: Attack Magazine)
かつて日本は、ダンスミュージックのテクノロジーを生み出す中心地だった TR-909、CDJ、S950を送り出したこの国は、いかにして市場における地位を失ったのだろうか。
1989年、日本のバブル経済が最高潮に達した時点で、世界のトップ企業50社のうち32社が日本企業だった。現在、そのリストに名を連ねる日本企業はトヨタ1社のみだ。この劇的な変化が最も痛烈に感じられる分野のひとつが、音楽テクノロジーである。20世紀末、ダンスミュージックを「作り」「DJし」「聴く」ための機材の大半は日本企業が提供していた。だが今では、ドイツ製のDAW(Digital Audio Workstation/デジタル音楽制作ソフト)で作られた音楽を、アメリカ製または韓国製のスマートフォンで聴くことのほうが一般的だ。なぜこのような状況に至ったのか?
その答えを探るため、私たちはRoland、AlphaTheta、Sonicware、DOTECをはじめとする日本の主要な音楽テクノロジー/ソフトウェア企業に話を聞いた。なお、これらのインタビューの多くは日本語で行われ、後に英語へ翻訳されている。
ピークだったバブルの頃。
1960年代に本格的に始まった高度経済成長期は、戦後の荒廃から立ち上がり、1980年代には世界第2位の経済大国へと上り詰めた時代だった。この時期、Roland、Pioneer DJ(現在はAlphaTheta)、Sonyといった企業が、ダンスミュージックの制作から消費に至るまで、あらゆる領域を席巻した。(この点については、以前の記事 How Japanese Technology Shaped Dance Music も参照してほしい。)
1992年初頭、バブルが崩壊し、経済は停滞した。日本はいまだに完全には回復していない。この状況は、ダンスミュージック制作を支える機材を生み出す企業にも影響を与えた。ここに原因を求めたくなるが、経済崩壊の影響があったとはいえ、それだけが理由ではないと、日本文化研究家であり『Pure Invention』の著者であるMatt Altは説明する。
「日本が機材開発で後れをとったのは驚きではありません」と彼は語る。「日本は他の先進国に先駆けてポスト工業社会へ移行したからです。」バブル期は「奇妙な製品を生み出す製造業の絶頂期」だったと強調しつつも、日本はほどなく“モノ作り”から、よりソフトな産業への転換を遂げた。「これは単なる失策ではなく、先進社会すべてが辿る運命です。人口が高齢化し、製造業ベースの経済からサービス経済へと転じていく中で起こる現象なのです。」
Slow To Change(変化の遅さ)
日本がサービス経済へと移行する中で、企業は変革に苦戦し、変化に対して鈍かった。「既存のテクノロジーによって利益を生み続けられると過信していた」と語るのは、2012年から2018年までSonyの社長を務めた平井一夫氏だ。彼は毎日新聞の記事の中でそう振り返る。20世紀後半、Sonyのコンシューマー製品は圧倒的な存在感を誇っていたが、ミレニアム前後に状況は変わった。AppleのiPodやiPhoneの台頭、そして世界的なデジタル化の波を思い起こしてほしい。「私たちは、デジタル化やネットワーク技術がもたらす変革的な影響を取り込むのが遅れた」と平井氏は同記事で述べている。
デジタル化に伴い、2000年代にはDJ文化も劇的に変化した。その変化に耐えられなかった企業も多い。しかしAlphaThetaは違った。なぜ生き残れたのか——同社の執行役員/事業企画統括部長である鈴木翔悟氏はこう強調する。「AlphaThetaが成功したのは、時代の先を読んでいたからです。成功体験であったCDに固執せず、USBやノートPCなど、時代の潮流に合った形で製品を提供し続けました。」Sonyとは対照的に、AlphaThetaは迫りくる危機を見抜き、変化に適応することができたのである。
Behind On Software(ソフトウェアでの遅れ)
音楽制作ソフトウェアの開発は、日本が特に出遅れた分野だ。Rolandの新しい音楽制作技術を研究するR&D部門「Roland Future Design Lab」の荒木太郎氏はこう話す。「日本は製造に強みがありましたが、抽象的なデータ処理には必ずしも強くなかったため、ソフトウェアではやや遅れをとりました。」
日本のDTM(デスクトップ・ミュージック)は、もともとオールインワンのDAWではなく、RolandのSoundCanvasシリーズのようなハードウェア音源モジュールに重点を置いて発展した。これは国内市場では機能したものの、2000年代に海外市場が急速に“イン・ザ・ボックス”(PC内完結型)制作へ移行する中、波に乗り遅れた。その後Rolandは、ソフトシンセやエフェクト群を提供するRoland Cloudや、ハードとソフトを横断するシンセシス・プラットフォームZEN-Coreを通じてソフトウェア領域へ参入している。
なぜ現在も日本には音楽制作ソフト企業が少ないのか?プラグイン開発会社DOTECのFranck Shigetora氏はこう答える。「簡潔に言うと、多くの企業が現行の(DAW)プラットフォームへの対応で出遅れ、その結果ビジネスとして成立しなくなったからです。」1990年代にMacとPCが標準化される以前、日本には多くの音楽ソフト開発企業が存在した。だが現在ではLogic ProやAbleton LiveといったDAWが世界標準となっている。「このような市場に新規参入するのは難しい」と彼は付け加える。
さらに、日本国内の需要は既存DAWでほぼ満たされている。「WindowsとMacが普及した時点で、それらのプラットフォームにはすでに海外メーカーの高品質な音楽ソフトが豊富に存在しており、途中参入しても、楽器メーカーでない限りビジネスチャンスは少ないことは明らかでした」と述べる。
プロダクトに対する日本の考え方も他国と異なる。「日本のソフトウェア開発には、品質と安定性を重視する文化があります」と語るのは、Roland/Korg/Yamaha以外で海外でも注目を集める数少ない日本のシンセサイザーメーカー、Sonicwareの創業者でCEOの遠藤優博士だ。「私自身、そうした分野で研究をしてきましたが、堅実かつ精密な設計思想と丁寧なドキュメント文化には、独自の日本的美質を感じていました。」
これは、「move fast and break things(素早く動いて壊しながら進む)」という、西洋のアグレッシブな開発哲学とは対照的だ。
Lack Of Support For Entrepreneurs(起業家支援の欠如)
日本は、他の先進国と比べても起業家率が極めて低い国だ。Global Entrepreneurship Monitor(世界起業家調査)でも、日本は一貫して起業活動が低いと評価されている。しかし、「日本の若者に起業家精神が欠けているのか?」と尋ねると、今回話を聞いた多くの人が否定した。
「大企業のようなリソースや資金力がない状況で、少人数のチームが製品を開発し、販売し、サポートするのは難しい」と強調するのは、遠藤博士(Sonicware CEO)だ。日本では、ベンチャーキャピタルの供給が乏しいことが、スタートアップ文化が育たない大きな要因となっている。「ハードウェア系スタートアップを支えるエコシステムや資金調達手段は、欧米と比べると非常に限られています」とも語る。
若者にアイデアがないわけではない。「実際、AlphaThetaでも若い日本人から多くの新規ビジネスアイデアが生まれ続けています」と鈴木氏は強調する。
スタートアップが少ない背景には、日本文化そのものも関係している可能性がある。「その理由は日本の社会基盤と文化にあると思います」と鈴木氏は説明する。「起業を促すインセンティブがほとんどなく、過度なリスク回避の傾向が顕著です。」リスクを取って自分で事業を起こすより、既存の大企業に入るほうがはるかに安全で確実なのだ。
Local Not Global(ローカル志向でグローバル不在)
日本が国際的な存在感を失ったもうひとつの要因は、海外ではなく国内に目を向けてしまう内向き志向にある。「グローバル志向なしには生き残れません」と語るのは、ユニクロを展開するファーストリテイリング会長兼社長・柳井正氏(同じく毎日新聞記事より)。
柳井氏が「日本専用マインドセット」と呼ぶこの傾向は、鎖国にルーツがあるとも言われる。江戸時代、日本は250年以上にわたり海外との接触を制限していた。そしてその影響は、形を変えて現代にも残っている。「日本が長く文化的に孤立してきたことが問題です」とRolandの荒木太郎氏は語る。「日本には非常に独特の文化、特にコミュニケーション文化があります。文化的文脈に強く依存し、社会的階層によって独自のプロトコルが存在する。また日本語は世界のどの言語とも大きく異なるのです。」
これらは、日本を独自の強みを持つユニークな国にした一方で、急速にグローバル化する世界を渡り歩く上では必ずしも有利に働いていない。荒木氏はこう続ける。「現代の多様で拡散的なグローバル市場の中で、日本がやや埋もれてしまったように見えるとしても、『Made in Japan』の最大の価値は、その安定性、信頼性、そしておそらく“おもてなし”精神にあります。これらは簡単に、そして短期間で達成できるものではありません。」
一方、AlphaThetaは明確にグローバルな展望を持ってきた。同社は日本に本社を置き、企画・設計も国内で行う一方、生産拠点はマレーシアと中国にある。「さらに、主要市場の多くはアメリカとヨーロッパであり、当社は非常にグローバルな企業として認識されています」と鈴木氏は語る。
世界市場で成功するためには、日本のシンセメーカーは国境を越えた視野を持つ必要があると、遠藤博士は強調する。「日本国内の市場規模は大きくありません。製品開発、マーケティング、カスタマーサポートは、海外展開を前提に行う必要があります。英語でのマニュアル制作や動画配信、販売チャネルの構築、海外イベントへの参加など、やるべきことは数多くあります。」
The Future Of Japan(日本の未来)
しかし、状況は変わりつつあるようだ。バブル崩壊期に社会に出た世代が退職に近づく中、より保守性の少ない新しい世代が台頭している。
「個人的には、経済と若者に関して二極化の傾向を感じています」と荒木氏は語る。「一つは非常に国内志向で、もう一つは非常に外向きです。たとえば、若い世代は海外の人々に対してとてもオープンでフレンドリーです。」これは、SNSなど新しいグローバルプラットフォームの積極的な活用だけでなく、再び芽生えつつある起業家精神にも表れている。「全体として、これまで日本人は内気と言われてきました」と彼は言う。「しかし、若い世代がこの文化を破ろうとしている新しい潮流が見られます。」
Sonicwareの遠藤博士も、若い世代の変化に希望を見出している。「ここ数年で、スタートアップ文化や個人開発文化が広がっており、大きく改善していると感じています。個人的には、シンセサイザーのような創造的な楽器を作る上で、『自由』や『個人の視点から考えること』が非常に重要だと感じています。その意味で、日本のソフトウェア開発においても、個人の創造性を大切にする文化が根付くことを願っています。」