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「サイケデリックな音」とは何か?—音楽理論・音響心理・神経科学的視点から

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「サイケデリックな音」とは、簡単に言えば聴覚的にトリップ感覚や意識変容を誘発するような音のことです。その特徴について、音楽理論・音響心理・神経科学・音響信号処理の各観点から分析した英語の学術研究をいくつか紹介します。特に電子音楽におけるサイケデリックな音の特徴(音響パターン、エフェクト処理、周波数スペクトル、テンポ、空間処理、脳波反応など)に焦点を当てます。

1. Jeroticら (2024) – サイケデリックサウンドの歴史的特徴と定義

神経科学者らによる最新の総説では、1960年代後半に生まれた「サイケデリック・サウンド」がどのような音響的特徴を持つかが述べられています。Jeroticらは、60年代のサイケデリック音楽が「スタジオ録音技術の駆使(凝ったエフェクト処理)、東洋音楽の要素の取り入れ、境界を溶解させるような効果」によって特徴付けられると記しています。具体的には、ワウワウペダル、トレモロ、ビブラート、リバーブなどのエフェクトを多用し、従来の音楽にはない不思議な響きや空間感を生み出しました。東洋的な旋律や楽器(例:シタール)の導入も、日常とは異なる音世界を演出し「意識の境界が溶ける」ような感覚を狙ったものです。この論文は音楽とサイケデリック体験の相互作用を広く論じていますが、その中でサイケデリックな音の誕生を上記のように定義づけています。また現代では、電子音楽アーティストのジョン・ホプキンスが“Music for Psychedelic Therapy”(2021年)というアルバムをリリースするなど、音響技術とサイケデリック体験を統合しようとする動きも紹介されています。このように、歴史的・音楽理論的視点からは、サイケデリックな音とはエフェクト処理や異文化音楽要素によって生み出される非日常的な音響であると定義できます。

2. Fachner (1999) – 時間・空間感覚と音響効果の心理学

音楽療法士Jörg Fachnerは、「音の中へのサイケデリックな旅(psychedelic journey into sound)」について論じ、サイケデリック音楽が主観的時間感覚や空間知覚を拡張する様子を分析しています。Fachnerは、1960年代のサイケデリック・ロックから1990年代のアンビエントやトランス(電子音楽)に至るまで、共通する美学として時間の拡張があると指摘します。音が重ね合わされた層(レイヤー)や予測不能なディスオリエンテーション効果(突然のエフェクトや予期せぬ音響変化)によって、「時間と空間を動き回る」ようなドラマティックな感覚を生み出すことができ、それが幻覚剤体験の異様さに類比すると述べられています。例えば、空間的にはステレオや残響(リバーブ)効果で音が広がりや移動する感覚を作り出し、聴き手は目を閉じて音に「没入」することで360度に広がる球状の音響空間を感じるとも報告されています。この研究では文化人類学的考察も含まれていますが、音響心理学の観点から、サイケデリックな音が人の知覚に与える効果(時間が引き伸ばされたように感じる、不思議な広がりを感じる等)を分析し、サイケデリックさを「音によって引き起こされる主観的な意識変容や知覚の拡大」と捉えています。

また、Fachnerの引用するWhiteley (1997)の分析によれば、サイケデリック・スペースロックやアンビエント、トランス音楽には共通して時間感覚の拡大と宇宙的・空間的な音響が核にあるとされます。たとえば「スペースロック」は「音の層、万華鏡のような色彩的サウンド、予測不能で時に方向感覚を失わせるエフェクト」によってトリップ感(「宇宙遊泳」しているような感覚)を演出すると述べられています。このような空間志向の音作りは、リバーブやディレイ(残響・遅延)などの空間系エフェクトやモジュレーション(位相・フランジャーなど揺らぎ系エフェクト)の発達によって可能になりました。実際、シンセサイザーやテープ録音技術の発展により、フレーズの反復や日常音のサンプリング、音の逆再生、速度変化(ヴァリスピード)など、現実には存在しない音響体験を作り出す試みがサイケデリック音楽では活発に行われたのです。このようにFachnerの研究からは、音響心理学的視点でサイケデリックな音を語る上で、知覚される時間・空間の変容と音響効果(エフェクト)の役割が強調されていることがわかります。

3. Farnum (2020) – サイケデリック・ロックの制作技法に見る音響特徴

音楽学研究の一環として、Theo Farnumはサイケデリック・ロックの録音技術に注目した分析を行いました。彼の論文「Trippy Sounds: Recording Studio Effects of Psychedelic Rock, 1960s and Present」では、1960年代のサイケデリック・ロックと現代のサイケデリック系ロックを比較し、共通するプロダクション上の工夫を調査しています。主な分析対象は、ギターペダル類や録音技法で、具体例としてステレオ&マルチトラック録音、極端なステレオ・パンニング、人工的なダブルトラッキング(ADT)、フェイジング(位相効果)、ロータリースピーカー効果、テープ逆再生、ヴァリスピード(テープ速度変更)、特殊効果音、エコー(テープディレイ)等が挙げられています。Farnumは歴史的資料やミュージシャンへのインタビュー、代表的アルバムの詳細なリスニング分析を通じて、現代のサイケデリック・ロックバンド(例:Tame Impalaなど)も60年代と本質的に同じような音作りのテクニックを用いていることを明らかにしました。これは、サイケデリックな音の感覚が特定のエフェクト処理によって継承・再現されていることを示唆します。言い換えれば、音響信号処理の視点からは、フェイザーやディレイといったエフェクトによって生成される独特の音色変化・空間感こそが「サイケデリックさ」を生む要因であり、現代までその技法が受け継がれていると結論づけられます。

4. Barrettら (2017) – 音響信号処理による「サイケデリックさ」の定量分析

音楽心理学と信号処理の手法を組み合わせて「サイケデリックな音」の特徴を数量的に分析した研究として、Johns Hopkins大のFrederick Barrettらの論文が挙げられます。この研究では、臨床環境でサイケデリックドラッグ(例:シロシビン)を投与する際に用いられる音楽に注目し、セラピスト達への調査から被験者の神秘的体験(mystical experience)を最も強く支援する楽曲を収集しました。集められた楽曲群に対し、音楽理論の専門家による質的分析と音響信号処理・音楽情報検索(Music Information Retrieval)の手法による定量分析を実施しています。分析の焦点は、ピーク時(トリップ体験が最高潮に達しているとき)に適した音楽と、そうなる前段階(pre-peak)の音楽との差異でした。

主な結果として、ピーク時に選ばれるサイケデリック体験を支える音楽には次のような共通点があると報告されています:

フレーズ構造・展開: 規則的で予測しやすく、定型的なフレーズ構造とオーケストレーションを持つ(唐突な展開ではなく一貫性がある)。

運動感・ビルドアップ: 音楽全体に連続した前進運動の感覚があり、時間をかけてゆっくりと盛り上がっていく。聴き手に徐々にトランス状態へ誘うような構成と言えます。

周波数スペクトル(明るさ): 知覚的な「明るさ」(brightness)が低めである。ここで言う明るさとは音の高周波成分の多さに関連し、鋭くキンキンした音よりも落ち着いた柔らかい音色が多いことを意味します。実際、ピーク時向けの楽曲は前段階の楽曲よりもスペクトルの高音域エネルギーが抑えられていたと報告されています。一方で音の豊かさ(fullness)はピーク音楽で高い傾向が見られました。

このようにピーク体験を支える音楽は、「ゆったりと一貫して発展し、刺激的すぎないまろやかな音響」で特徴付けられるといえます。Barrettらはこれらの特徴をPrincipal Component Analysis (主成分分析)によって定量化し、「Brightness(明るさ)」「Activity(活動度)」「Fullness(充実度)」といった音響的次元を抽出しています。サイケデリックさの定義については、本研究では直接「サイケデリックな音」の語を使っていませんが、神秘体験を最も支援する音楽という形でその音響的指標を捉えています。その測定は音響信号処理に基づく客観指標(スペクトル重心やゼロ交差率等から計算される明るさ等)と、専門家評価の組み合わせによって行われました。この研究により、サイケデリックな音楽には定量的に捉えうる共通の音響パターンが存在しうることが示唆されています。例えば、「ピーク時の音楽は高音を抑えて低音寄りで豊か、徐々に盛り上がる構成」といった特徴は、サイケデリックさを音響的に測定・定義した一例と言えるでしょう。

5. Rodriguezら (2019) – 脳波によるサイケデリック音楽(トランス)の効果分析

サイケデリックな音が人間の脳に与える影響を神経科学的に測定した研究もあります。Rodriguezらは電子音楽の一種である“サイケデリック・トランス (Psytrance)”に注目し、他の音楽ジャンルと聴取時の脳波を比較しました。健常成人に対し、クラシック音楽、ダウンテンポ(トライバル調のゆったりした電子音楽)、サイケデリック・トランス、ゴア・トランス、そして音楽なし(コントロール)をランダム順序で聴かせ、その間の脳波(EEG)を前頭葉・頭頂葉・側頭葉・後頭葉から記録しています。分析指標は脳波の周波数帯域別パワー(α波、β波、θ波、δ波の割合)です。

主な発見は、サイケデリック・トランス音楽を聴いている時に特徴的な脳波パターンが現れたことです。具体的には:

θ波(4~8Hz)とδ波(1~4Hz)といった低周波の脳波活動が有意に増加し、他のジャンルや無音時よりも割合が高くなりました。

一方でβ波(速い波、覚醒度に関連)の割合は音楽のない時に比べ全ジャンルで高まる傾向がありましたが、サイケデリック・トランスは他ジャンルと比べると相対的にθ・δが卓越していました。

部位別では、θ・δの増加は前頭部および側頭部で顕著でした。α波は後頭部・頭頂部で多く、これはリラックス状態を示唆します。

この結果は興味深いことに、サイケデリック・トランスの高速で反復的なビート(一般にBPM140~150程度)にもかかわらず、聴取者の脳内ではゆっくりとした振動(θ・δ帯域)が増えることを意味します。研究者らは、音楽によって覚醒状態でありながら脳波は半覚醒や瞑想時に似たパターンになる可能性を指摘し、これはトランス音楽が催眠的・没入的状態を誘導することと合致すると述べています。すなわち、脳波の観点から「サイケデリックな音」は脳活動を通常の覚醒時とは異なるリズム(より混沌とし内省的な状態)へ誘う音と定義でき、その効果が客観的に計測された形です。この研究ではサイケデリックさを直接数値化した指標は設けていませんが、サイケデリック音楽(トランス)の刺激による脳波変化を捉えることで、その音が持つ意識変容的性質を示しています。

6. Kaelenら (2017) – LSD下における音楽知覚と脳反応

「サイケデリックな音」の効果をより直接的に神経科学で測定した例として、Imperial College LondonのMendel Kaelenらの研究があります。彼らは被験者にLSDもしくはプラセボを投与し、音楽を聴取中の脳活動を機能的MRI (fMRI)で計測しました。特に音楽の音響的特徴と脳反応の相互作用に着目し、LSDが音楽知覚をどう変容させるかを調べています。解析では、音楽の持つ様々な要素の中でも音色の複雑さ(timbre complexity)に対する脳の応答に注目しました。

主要な発見は、LSDが音楽から受ける感情・イメージ反応を増強するというものです。LSD条件下では、被験者が音楽に対して感じる「畏敬・不思議さ (feelings of wonder)」が顕著に高まり、その主観的な高まりは脳内ネットワークの結合変化と関連していました。具体的には、音楽によって引き起こされる感情を司る脳ネットワークや聴覚・感情処理に関わる領域(側頭葉の一部や辺縁系など)の結合がLSDによって変化し、その変化の程度が主観的な「ワンダー」の強さと相関したのです。さらに、その脳結合の変化は音楽の持つ音響的特徴である音色の複雑さに影響を受けていました。音色の複雑さとは、簡単に言えば音の質感の豊かさ(倍音構造やダイナミクスの多様さなど)で、文化を超えて音楽の情動性に関与すると考えられる普遍的特徴です。LSD下では、この音色の変化・ゆらぎに対する脳の敏感さが増し、それが豊かな心象イメージや深い感情体験(ビジュアルな幻覚に近い音楽的イメージ)を誘発すると示唆されています。

この研究において「サイケデリックさ」の定義・測定は、音楽そのものではなく薬物による意識変容状態で音楽を聴いたときの主観・脳反応として捉えられています。言い換えれば、サイケデリックドラッグを用いることで音楽がどれほど強烈な感情・イメージ喚起をもたらすかを計測し、その媒介要因として音響的特徴(音色の複雑さ)の寄与を分析した形です。LSDによって音楽の感情喚起力が増す現象は、先行研究で音楽によるポジティブ情動(高揚・陶酔感)が増幅されると報告されたこととも一致します。Kaelenらの一連の研究は、神経科学の視点から「サイケデリックな音」の本質を探る試みであり、脳内セロトニン2A受容体経路が音楽知覚を変容させるメカニズムも明らかにしています。総じて、このアプローチではサイケデリックな音楽の効果を脳活動という客観的指標で測定し、どの音響要素がその効果に寄与するか(音色など)を定義づけていると言えます。

以上、様々な研究からサイケデリックな音の特徴をまとめると:

音響パターン・曲構造: 繰り返しが多くトランス状態を誘う構造、予測可能性と持続的なビルドアップ。テンポはジャンルによって様々ですが、電子音楽のトランス系では高速4つ打ちビートが典型で、一方でその反復が没入感を生み出す。

エフェクト処理: 位相やフィルターの揺らぎ、テープエコーやリバーブによる広がりと残響、逆回転や速度変化による非現実的効果など。これらが音にサイケデリックな質感(トリップ感)を付与する。

周波数スペクトル: 高音域と低音域の両極を強調したリッチな音響。(薬物影響下では高音・低音への感受性が増すため、サイケデリック音楽は高低両端の音を充実させる傾向)。同時に、心理的にピークに寄り添う場面では過度な高音を避けまろやかな音にする工夫もみられる。

空間処理: ステレオ演出や残響で音に奥行きと広がりを与え、音に包まれる没入感を作る。音が前後左右だけでなく上下や周囲360度に存在するような「球状の音響空間」の感覚さえ報告されています。

脳波・神経反応: サイケデリックな音楽は脳波パターンを変化させ、リラックスやトランス状態に類似したθ波・δ波優位の状態を誘導する。さらに薬物と組み合わさると、音楽によって通常時以上に強い情動・イメージ反応が引き起こされ、それが脳内ネットワークの可塑的変容として捉えられる。これは音楽と脳内薬理作用の相互作用ですが、サイケデリックな音の効果を定量的に示す指標と言えます。

以上のように、「サイケデリックさ」は各研究で異なる角度から定義・測定されています。音響的特徴の分析からはエフェクトや周波数構成、構造的な要素がサイケデリックさを担うと示され、心理学・神経科学からはその音が引き起こす意識状態や脳活動の変化こそがサイケデリックさの指標とされています。電子音楽においては特に、反復するビートと豊かな空間音響でトランス状態を誘発する点がサイケデリック音の鍵といえるでしょう。各研究の知見を総合すれば、サイケデリックな音とは、音響上の工夫によって聴覚から意識に働きかけ、通常とは異なる時間・空間感覚や情動反応を引き起こす音であると定義できると思われます。各論文の分析はそれぞれ方法は異なりますが、いずれもこの独特な「意識を拡張する音響」の正体を解き明かそうとする試みと言えるでしょう。

参考文献: 上記で言及した論文・研究の出典情報は以下の通りです(本文中に示した番号は該当箇所の出典を示しています)。

Katarina Jerotic et al., Psychedelia: The interplay of music and psychedelics, Annals of NY Academy of Sciences, 2024

Jörg Fachner, The psychedelic journey into sound – expanding time and space, 1999(リバプール会議資料)

Theo Farnum, Trippy Sounds: Recording Studio Effects of Psychedelic Rock, 1960s and Present, 2020(修士論文)

Frederick S. Barrett et al., Qualitative and Quantitative Features of Music Supporting Peak Mystical Experiences in Psychedelic Therapy, Frontiers in Psychology, 2017

Abraham H. Rodriguez et al., Neurophysiological effects of various music genres on EEG activity, Journal of Psychedelic Studies, 2019

Mendel Kaelen et al., Effects of LSD on music-evoked brain activity, 2017(英医学誌に報告) など.

Psychedelia: The interplay of music and psychedelics

(PDF) The psychedelic Journey into sound–expanding time and space

"Trippy Sounds: Recording Studio Effects of Psychedelic Rock, 1960s and" by Theo Farnum

Frontiers | Qualitative and Quantitative Features of Music Reported to Support Peak Mystical Experiences during Psychedelic Therapy Sessions

(PDF) Neurophysiological effects of various music genres on electroencephalographic (EEG) cerebral cortex activity