「自己崩壊の危機」分断深まるダンスミュージック、文化的ボイコットはどこまで進めるべきか
Original Article
Title: ‘We’re ripping ourselves to shreds’: with dance music bitterly divided, how far should cultural boycotts go?)
Author: Phin Jennings
Published: October 14, 2025
Source: Guardian)
2025年8月、ロンドンのバーグス・パークで開催されたBoiler Roomの2日間フェスティバルに参加した人々は、会場の外周フェンスにスプレーで描かれた不穏なメッセージに気づいたかもしれない。「Boiler Roomはイスラエルの軍需産業投資家に所有されている」。近隣のブロックウェル・パークでも、同じグループが運営するフェスティバル――Field Day、Cross the Tracks、Mighty Hoopla――の現場で、「KKR」と書かれた爆弾のグラフィティが描かれていた。
2024年6月、論争の的となっているプライベート・エクイティ(未公開株式投資)大手のKKRが、これら4つのフェスを含む数十のイベントを運営するSuperstruct Entertainmentを買収した。その結果、今年の夏は多くのフェスティバルがアーティストたちによるボイコットの対象となった。理由は、KKRがイスラエルにおける多くの事業利権を有しているためである。たとえば、ドイツのメディア企業アクセル・シュプリンガー(Axel Springer SE)への投資(同社は、国際法上「違法占領地」とされるヨルダン川西岸地区の住宅開発広告を掲載している)もその一つだ。匿名運営のInstagramアカウントRavers for Palestineは、KKRを「利益と権力への飽くなき欲望が一切の倫理的境界を持たない、西洋資本主義の鼓動する心臓部」と表現している。
そしてこのボイコット運動の拡大に伴い、KKRおよびSuperstructは、現在カルチャー界全体が直面している「独立性・資金調達・価値観の倫理」をめぐる複雑な議論の中心に巻き込まれることとなった。アーティストのMassive AttackやKing Gizzard & the Lizard Wizardは、Spotify創業者ダニエル・エクが軍事AI企業Helsingへ6億ユーロを投資したことを受け、同サービスから自身の楽曲を削除した。昨年には、イスラエルに兵器を供給する防衛企業への金融サービス提供を理由に、Barclays銀行がLive Nation傘下のフェス(Download、Latitudeなど)とのスポンサー契約を停止した。BrightonのThe Great Escapeフェスも同様に、同行との提携を終了している。また、資産運用会社Baillie Giffordも、イスラエル関連および化石燃料への投資をめぐる反発を受け、複数の文学フェスティバルとのスポンサー契約を打ち切った。
では、自分たちの愛するイベントが、憎むべき企業の手に渡ったとき、出演者や観客はどうすべきなのか? そもそも、プライベート・エクイティがアンダーグラウンド・カルチャーの領域に関与すること自体、許されるのか?
これらの疑問や議論は、特にあるブランドを中心に集約されつつある。それが、KKR/Superstruct傘下の放送・プロモーション会社であるBoiler Roomだ。同社は年間を通じて世界各地でライブ配信イベントを行い、いまや政治意識の高いダンスミュージック・ファンから継続的なボイコットの標的となっている。
2025年9月、トロントで予定されていたBoiler Roomのイベントでは、DJ EZ、MCR-T、Taylah Elaineといったアーティストが出演を取りやめた。KKRが投資するCoastal GasLinkパイプラインが、カナダ・ブリティッシュコロンビア州の先住民族(First Nations)の未割譲領土を通過していることから、この問題はより切実なものとして受け止められたのだ。さらに、今後予定されているリスボンや東京での公演でも、出演者に対してキャンセルを求める声が高まっている。
2010年の創設以来、Boiler Roomはアンダーグラウンド音楽の世界で最も大きなブランドのひとつへと成長してきた。国際的なリーチと膨大な視聴者数を背景に、新進気鋭のDJを一夜にして有名にしてしまうほどの影響力を持つ。2021年、同社はチケット販売会社Diceに買収され、さらに2025年1月にはSuperstruct Entertainmentへと売却された。
Boiler Roomは新しい親会社との距離を取ろうと努めており、声明の中でこう述べている。スタッフは売却に関与しておらず、編集的独立性を保持していること、そして「Boiler Roomは今後も一貫してパレスチナ支持の立場を貫く」というものだ。
これに対して、イスラエルへの文化的ボイコット運動を主導するパレスチナ学術文化ボイコット運動(PACBI)(BDS(Boycott, Divestment, Sanctions:ボイコット・投資撤退・制裁)運動の文化部門)は、この声明を肯定的に評価しており、Boiler Roomに対する公式なボイコットは呼びかけていない。
Boiler Roomはこれまでにも、さまざまな論争を乗り越えてきた。その多くは、「サブカルチャーの取り込み」や「ダンスミュージックの商業化」といった批判にまつわるものだ。
たとえば2017年には、同社がアーツ・カウンシル・イングランド(Arts Council England)から29万7,298ポンドの助成金を受け、ノッティング・ヒル・カーニバルの取材を行ったことが問題視された。その直後、会場周辺には「Boiler Room corporate scum(企業のクズ)」という落書きがいくつも残された。
とはいえ、「誠実さ」と「独立性」が重んじられる音楽シーンにおいて、Boiler Roomの掲げる価値観とその所有構造の乖離は、ブランドの足元をこれまで以上に不安定なものにしている。あるアーティストは、KKRが所有するフェスティバルへの出演をすべてキャンセルした理由についてこう語る。「これは何度も持ち主が変わってきたブランドであり、もはや誰も彼らに何の義理も感じていない。」
こうした感情が出演者や観客の間で広がれば、それはBoiler Roomの終焉を意味するかもしれない。
Jyoty(ジョーティ)。オランダ・アムステルダム出身のこのDJは、Boiler Room初期の時期にスタッフとして働いていた人物だ。2019年に公開された彼女自身のBoiler Roomセットは、YouTube上で400万回以上再生されている。そんな彼女もまた、Superstruct=KKR傘下であることを理由に、Lost Village Festivalへの出演を取りやめた一人である。
「もしSuperstructが5年後や10年後にKKRから売却されたとしても、その間に生み出された利益は、結局わたしたちが最も恐れているようなものに流れていくのが現実なんです」と彼女は語る。Boiler Roomはこの見解についても、この記事全体に関してもコメントを拒否した。
Jyotyは、ブッキングの可否を個人的な感覚と調査にもとづいて判断しているという。つまり、たとえBDS(ボイコット・投資撤退・制裁)運動の公式リストに載っていない組織であっても、「自分の中でしっくりこない」と感じた場合には出演を断る。十分なリサーチを経たうえで、彼女はKKRをそうした組織の一つと見なすようになった。
彼女は、より大きな規模でのボイコットの必要性にも理解を示す。「それは多くの人を、とても不快で、苦しくて、悲しい立場に追い込むことになるでしょう。でも、たいていの変化というのはそうやって始まるんです」と語る。そして、こうした動きの多くがDJや小さな団体から生まれている点を強調する。「良いものはすべて下から生まれる。」だからこそ彼女は、発言力やブランド力を持つ有名アーティストが沈黙している現状に苛立ちを感じている。「なんで一度くらい声を上げないの? いい加減にしてよ。」
一方で、パレスチナ支持やKKRへの批判という点では共通していながらも、それをどのように実践するかをめぐって意見が分かれるアーティストたちもいる。イギリスの著名DJ Ben UFOは2025年3月、Instagramにこう書いた。「Boiler Roomをボイコットしても、KKRに現実的な影響を与えることはできない。」その後のメール取材でも彼はこう説明する。「もし目的がKKRやパレスチナ情勢に実質的な影響を与えることだとしたら、Superstruct傘下のイベントをボイコットしたり、個々のアーティストに出演を取りやめさせたりしても、その目的を達成できるとは思えない。」
実際、ボイコットによってブランドの親会社のさらに親会社――つまり巨大投資企業そのものにどれほどの打撃を与えられるかというのは、答えの出しづらい問題だ。また、経済的に不安定な立場にあるアーティストたちが、BDSの公式方針に違反していないギグを拒否する責任を負うべきなのか――という問いも浮上している。
こうした議論の多くはSNS上で展開されており、その道徳的言説が議論を不健全に二極化させていると指摘する声もある。「キャンペーン側の道徳的圧力のせいで、多くのプロのアーティストや業界関係者は、自分の意見を自由に発信できない雰囲気になっている。単に音楽業界の中で生き残ろうとしているだけでも、偽善だと責められてしまう」とBen UFOは語る。彼は2023年のBDSの声明を引用する。「私たちの人間的・時間的リソースには限界がある。だからこそ、それを最も効果的に使い、パレスチナ解放に実際に貢献できる、意味のある持続的成果を目指すべきだ。」
その結果、若手アーティストが最も大きな犠牲を払うことが多い。Boiler Roomへの出演は、DJにとってキャリアを一気に押し上げるチャンスになり得る。しかし今では、そのチャンスの裏に、「ボイコットに逆らった」というレッテルを貼られるリスク――つまりreputational cost(評判上の代償)がついて回るようになってしまったのだ。
アンダーグラウンド・ダンスミュージックのニュースレター『First Floor』で記者のShawn Reynaldoはこう報じている。Superstructが所有するフェスティバルの多くは、出演者が辞退しても「静かにラインナップを補充する」傾向があるという。飢餓や虐殺と結びつく構造に耐えられず離脱するアーティストがいても、代わりの出演者がすぐに見つかる――それこそ、彼の言葉を借りれば「スキャブ(労働争議の際に現れる代替労働者)」のような存在である。この「いくらでも代わりがいる」状況は、若手DJにとってボイコットへの参加をさらに難しくしている。
こうした緊張状態のなかで、もともとは共通の信念を持つアーティストたちが、互いに対立し始めている。「僕らがいま自分たち同士を引き裂くために使っているエネルギーは、本来ならナイジェル・ファラージやキア・スターマー(訳注:イギリスの政治家)に向けられるべきものだ」と語るのは、ウェンブリー・アリーナで開催された『Together for Palestine』コンサートのオーガナイズに関わり、グラストンベリーのクィア・クラブ空間NYC Downlowを運営するGideönだ。
それでも彼は、最終的にはSuperstruct傘下ブランドのボイコットを支持している。そして現在を「大いなる脱仮面の時代(the great unmasking)」だと呼ぶ。すなわち、ダンスミュージックの流通と消費の構造に長年潜んでいた資本主義的な歪みが、いま表面化している転換点なのだという。「いま起きていることのすべては、ハウスミュージックの資本主義的収奪、つまりブラック・クィア文化の植民地化と盗用に起源がある」と彼は言う。
フェスティバルが巨大化し、開催コストが上昇し、さらにコロナ禍以降はチケットの前売れが不振に陥る中で、チケット収入やスポンサーシップだけで資金を賄うのはますます難しくなっている。一部のフェスは国や自治体の文化助成金に頼っているが、それも安定した収入源とは言いがたい。そのため、プライベート・エクイティへの売却は一見「魅力的な選択肢」に見えるのだ。
しかしその安定は、代償を伴う。一度企業が売却されてしまえば、創設者たちは利益の受益者を選ぶ権利を失う。つまり、自分たちの音楽や文化が、最終的に誰を潤すかを制御できなくなるのだ。
Boiler Room自身も、親会社がSuperstructに買収されたことを責められる筋合いはないかもしれない。しかし、Diceへの売却というその前の段階では、すでに自らの意思で「誰がその成功の果実を得るか」というコントロールを手放していた。その時点で、出演するアーティストたちは、自分たちが誰のために働いているのかをある意味で選べなくなっていたのである。
こうした構造は、今夏にボイコットの矢面に立たされた他の音楽ブランドにも当てはまる。「彼らの誰もKKRを選んだわけではない。けれど、プライベート・エクイティをビジネスに招き入れた瞬間に、それは間違った第一歩なんです」と語るのは、オランダ・ユトレヒトで開催される多会場型実験音楽フェス Le Guess Who?(ル・ゲス・フー)の創設者である Bob van Heur(ボブ・ファン・フール)だ。同フェスは非営利で運営されており、資金は 公的助成金・チケット収入・サポーターからの寄付 の組み合わせによって成り立っている。
Boiler Roomや他のブランドをめぐる議論では、しばしばプライベート・エクイティの関与が「避けられない前提」として語られる。だが、運営費の40%を政府助成金でまかなう Le Guess Who? は、それとは異なるもう一つのモデルを提示している。規模は小さく、資金面での安定性は低いかもしれないが、少なくとも有害な投資資本をめぐる論争の渦中に巻き込まれることはない。
ファン・フールはこう語る。「何もかも大きくする必要なんてない。どこに行っても “成長” が追求されているけれど、私はそれが根本的な間違いだと思う。」また、彼はこう述べた。「もし私が“億万長者のプロモーター”になりたかったのなら、私は人生の選択をすべて間違えてきたことになります」と冗談めかして言いながらも、彼は信念を崩さない。フェスの将来は4年ごとに行われる国家・自治体の助成金審査によって左右されるが、それでも民間資本に売り渡すより、この形を選びたいと述べる。
「企業的な構造があらゆるものを覆い尽くしてしまうと、文化は “モノカルチャー” になってしまう。今ではブッキング・エージェントの半数がデータに基づいてアーティストを選んでいる。だが、それは “意見” ではなく、“未来を見通す洞察” でもない。キュレーターの仕事とは、未来を感じ取り、まだ言葉になっていない動きを捉えることなのです。」
ベルリンで開催されるフェス Berlin Atonal もまた、公的助成金とチケット収入によって運営される独立系イベントである。共同ディレクターの Laurens von Oswald(ローレンス・フォン・オズワルド)はこう語る。「私たちのような会場において、価値とは “取引的なもの(transactional)” ではなく “文化的なもの(cultural)” です。その影響力は数字で測定することは難しいかもしれませんが、より深く、真に意味があり、最終的にはより持続可能なのです。」
ロンドンのインディペンデント会場 Venue MOT は、「ロンドンで最後に残された、本当に自由でDIYな場所の一つ」と評される。しかし、既存の構造の外に出ようとする動きは、単なる施設レベルにとどまらず、世界規模の独立型ネットワークとしても現れ始めている。
2025年8月、インディペンデント・クラブカルチャーのコレクティブ Daytimers は、「Daytimers World」と呼ばれる前例のないプロジェクトを開催した。これは6か国・8つの会場にまたがって行われ、各地のローカルコレクティブや組織と協働して実施された。資金の大部分はチケット収入によってまかなわれ、スイス・チューリッヒでの一部イベントのみが公的資金を受けていた。
Daytimersは声明でこう述べた。「プライベート・エクイティの影響がダンスミュージック界を支配しているこの年にあって、連帯こそがあらゆる可能性を開くということを、この “コミュニティ・ファースト” の極めて大胆なプロジェクトは証明した。」
女性およびノンバイナリーDJで構成される Sisu Crew のメンバーであり、KKR傘下フェスをボイコットしたアーティストたちを支援するイベント「Strikefest」を企画した DJ ex.sses はこう語る。「人生にはBoiler Roomなんかよりもっと重要なことがある。外の世界には無数のネットワークが存在していて、そこでもっと豊かな出会いをつくることができる。」
それでも、Boiler Roomをはじめとする多くのブランドは、なおも 資本の檻(ケージ)の中に閉じ込められたままである。