Cyberiaファンド ― 実験的なクラブカルチャーを継続させるために
アンダーグラウンドなクラブイベントを企画・運営するという行為は、単なる娯楽の提供ではない。そこには新しい音楽を紹介し、都市の文化を更新し、人々の感覚を揺さぶるのみならず、システムの外側にある地平を見せるという社会的な役割が含まれている。私がオーガナイズするパーティ、Cyberiaはこれまで、その精神を大切にしながら、未知のアーティストを呼び、奇抜な演出を試み、既存の文脈に収まらないサウンドをフロアに持ち込んできた。
しかし現実には、イベントの運営には多額の制作費がかかり、チケット収入やドリンクの売上だけで確実に黒字を出すことは難しい。特にリスクを取って挑戦的なブッキングを行ったり、利益率の低い表現に踏み出したりすると、どうしても赤字を背負うことになる。その結果、赤字が続けば挑戦を控えざるを得ず、やりたい表現と現実の間に大きな溝が生まれてしまい、無難さが理屈を得てしまう。
我々が守りたいのは、その逆だ。だからこそ、リスクとリターンを仲間と等しく担い合う仕組みとして新しいパーティメイクの手法、「Cyberiaファンド」 を提案したい。
Cyberiaファンドの仕組み
仕組みは単純だ。参加を希望する仲間が任意の口数を出資し、その資金はイベントの制作費として使われる。イベントが終わったら収支をすべて開示し、確定した損益に基づいて精算する。黒字が出たときは、まず各人の出資額をそのまま全額返し、そのうえで利益の半分を主催者が受け取り、残る半分を出資比率に応じて参加者へ配分する。赤字になったときは、主催者が損失の五割を負担し、残りの五割を出資比率に応じて参加者が分担し、その負担分を控除した金額を返す。
つまり元本の全額返金は黒字時に限られ、赤字時には出資者も主催者も等しく痛みを分かち合う。常に五分五分で結果をシェアする関係を、言葉ではなく会計で担保するのがこのファンドの核だ。
Cyberiaファンドは、黒字でも赤字でも主催者と出資者が五分五分で結果を共有する仕組みだ。ただししっかりと明記しておきたいのは、出資者のリスクは元本までに限定され、赤字がどれほど膨らんでも追加の負担は発生しない(ノンリコース) ということ。逆に主催側は常に50%のリスクを背負い、さらに出資総額を超える損失が発生した場合はその不足分も負担する。
実際のパーティでの例
イベントを行う前に、Cyberiaファンドの仕組みを使って協力者を募り、以下のイベント内容と出資者の構成が発生したとしよう。
イベントの内容
予算は30万円とする。(箱代10万、DJのギャラ15万、諸経費5万)。
エントランスは2,500円とする。
つまり、300,000 ÷ 2,500 で120人来たら黒字になる計算だ。
出資者の構成
- Aさん:40,000円(40%)
- Bさん:30,000円(30%)
- Cさん:20,000円(20%)
- Dさん:10,000円(10%)
出資総額:100,000円
そしてイベントが終わって、何人集まったかのケースごとにどうなるかを見てみよう。
ケース①:200人集まる
2,500×200 = 500,000円の収入。掛かった予算300,000円を差し引き、純利益は200,000円。
主催者が50%(100,000円)を受け取り、残り50%(100,000円)を出資比率に応じて分配。黒字なので元本は全額返金。
- 主催者:100,000円
- A:40,000 + (100,000×40%) = 80,000円
- B:30,000 + (100,000×30%) = 60,000円
- C:20,000 + (100,000×20%) = 40,000円
- D:10,000 + (100,000×10%) = 20,000円
ケース②:150人集まる
2,500×150 = 375,000円の収入。費用300,000円を引いて純利益は75,000円。
主催者が37,500円を受け取り、残り37,500円を出資比率で分配。黒字なので元本は全額返金。
- 主催者:37,500円
- A:40,000 + (37,500×40%) = 55,000円
- B:30,000 + (37,500×30%) = 41,250円
- C:20,000 + (37,500×20%) = 27,500円
- D:10,000 + (37,500×10%) = 13,750円
ケース③:100人集まる
2,500×100 = 250,000円の収入。費用300,000円を引いて赤字50,000円。
主催者25,000円負担、出資者25,000円を比率で分担。
- 主催者:−25,000円
- A:40,000 − (25,000×40%) = 30,000円返金
- B:30,000 − (25,000×30%) = 22,500円返金
- C:20,000 − (25,000×20%) = 15,000円返金
- D:10,000 − (25,000×10%) = 7,500円返金
ケース④:50人集まる
2,500×50 = 125,000円の収入。費用300,000円を引いて赤字175,000円。
出資者は損失175,000円の半分=87,500円を比率で分担。
- A:40,000 − 35,000 = 5,000円返金
- B:30,000 − 26,250 = 3,750円返金
- C:20,000 − 17,500 = 2,500円返金
- D:10,000 − 8,750 = 1,250円返金
- 主催者:−87,500円
ケース⑤:25人集まる
2,500×25 = 62,500円の収入。費用300,000円を引いて赤字237,500円。
赤字は 主催者50%、出資者 50% だが、出資者の負担は元本まで(ノンリコース)。
損失237,500円の半分=118,750円が出資者の負担にあたるが、総出資100,000円を超えるため全員全損(0円返金)。不足分18,750円は主催者が追加負担する。
- 主催者:−137,500円
- A:0円(−40,000円)
- B:0円(−30,000円)
- C:0円(−20,000円)
- D:0円(−10,000円)
プロモーターとしての出資者
出資者にとって、これは単なる支援ではない。リスクもリターンも共に引き受けることで、イベントは「主催者が主催するもの」ではなく「自分たちのもの」になる。株主のような参加感覚が生まれ、パーティの成功は自分の喜びに直結する。また、出資者にはプロモーターとして協力する大きなインセンティブが生まれる。
Cyberiaファンドの出資者は、単に資金を提供するだけの存在ではない。彼らはパーティのリスクとリターンを主催者と共に分け合う仲間であり、同時に自然なかたちで「プロモーター」としての役割を担うことになる。自分が出資しているイベントが黒字になれば、その成果は直接的なリターンとして返ってくる。だからこそ、出資者は単なる観客ではなく、自らのネットワークで告知を広め、友人を誘い、動員を後押しする強い動機を持つことになる。
これは「ボランティア的な手伝い」とは根本的に違う。従来、クラブイベントの動員協力は好意や友情に依存してきた。しかしCyberiaファンドにおいては、出資者自身が経済的にも文化的にも成果の当事者になるため、その行動は自発的かつ合理的なインセンティブによって支えられる。つまりファンドは、単なる資金調達の仕組みではなく、イベントの宣伝力を構造的に強化するモデルでもある。
出資者がパーティの一部としての誇りを持ち、自分の関わるパーティを「他人事」ではなく「自分ごと」として動かすとき、このシステムを使ったパーティはより大きなコミュニティに育ち、音楽的にも文化的にも新しい広がりを生み出すことができるだろう。
そして、この形で参加したイベントは「誰かの企画」から「自分たちの作品」へと位相を変え、フロアに立つ動機そのものが変わっていく。
文化を支えることと利益を得ることが両立する仕組みは、商業的なフェスティバルやスポンサー依存のオーバーグラウンド的なクラブ運営とは異なる、もうひとつのモデルを提示するだろう。
デメリットとリスク
Cyberiaファンドには多くのメリットがあるが、当然いくつかの懸念やリスクが存在する。
まず、信用と信頼がしっかりと担保されていないとこのシステムは成立し得ない。虚偽の会計報告、そもそも返金がされないなどの問題が起こった場合、この仕組みは完全に崩壊する。
また、公平性に関する誤解も起こり得る。出資者が「株主なのだからイベントの内容やブッキングに口を出す権利がある」と勘違いするかもしれない。本来の意図はリスクとリターンのシェアであり、芸術的な決定権とは切り離されていることを理解してもらう必要がある。
さらに、文化的なリスクもある。利益や損失の計算に参加することで、出資者がイベントの「採算性」を過剰に意識し、無難な方向に誘導してしまう危険性だ。すると本来守りたかった「実験性や挑戦」が弱まってしまう。
安全を担保するための工夫
これらのリスクを軽減し、仕組みを健全に運営するためにはいくつかの工夫が考えられる。
まず、透明性の確保 が最も重要である。イベント後には収支を必ず公開し、どういう計算で配分を行ったのかを明示することで疑念を生まない。計算式を事前に文章で提示しておくことも信頼につながる。信頼できる第三者に会計を任せる、もしくはそのシステムを実装することも有効だ。
次に、責任範囲の明確化 が欠かせない。出資者の負担は元本まで(ノンリコース)であることを繰り返し説明し、追加請求がないことを保証する。逆に主催側は「出資総額を超える損失が発生した場合、不足分は主催者が負担する」と明記することで、安心感を与えられる。
さらに、参加の温度感を揃える ことも大切だ。出資額は小口に設定し、あくまで「文化的な実験を支える仕組み」であることを強調する。利益を最大化するための金融商品ではなく、文化を守り育てるためのファンドであることを共有する。
最後に
自分自身、今まで一人で数々のパーティを行ってきて、多い時では15万円を超える赤字を一人で負担してきた。自分が愛するカルチャーとシーンのために続けてきたが、正直に言えば諦めたくなる気持ちが湧くこともあった。同じように苦しい思いをしているパーティは数多くあるだろう。
Cyberiaファンドは、経済と文化の関係を再構築する実験である。 主催者と参加者が対等にリスクを分け合うことで、イベントはより自由に、より冒険的に未来を描くことができる。赤字を恐れて萎縮するのではなく、仲間と共に挑戦することで、都市の夜に新しい音楽と社会性を刻み込む。これは単なる資金調達の仕組みではなく、クラブカルチャーを支える新しい共同体のかたちである。